『仕事への価値観』

生活の基本は「衣・食・住」の3要素と言われますが、あえて「食」を「職」に置き換えて考えてみたいと思います。

「何でもいいから仕事をくれ」という求職者が少なくありません。働く理由は人それぞれあると思います。お金のため、やりがいのため、幼い時からの夢を叶えるため、その他、人によって十人十色です。
ですが、職選びにおいて「何でもいいから・・・」とだけは言ってもらいたくありません。なぜなら、1日のうち仕事に費やす時間は決して短時間ではなく、職業へのこだわりを捨てるということは人生へのこだわりを捨てることとイコールに思えるからです。

「職」の時間を有意義に活用できない人がなぜ、人生を豊かにすることができるでしょうか。

仕事とプライベートは本当にわけられるのか

「仕事とプライベートをわけたい」よく聞く言葉です。
確かにオンとオフの切り替えは大切です。読書をしているときも、テレビを見ているときも、旅行をしているときも年中、仕事のことを考えていては落ち着きませんし、何のための余暇かは分からなくなります。

しかし、私は「仕事=苦痛な時間」、「プライベート=楽しい時間」と概念付けてしまうのは避けたいところです。
なぜなら、否が応でも日々の生活において仕事は入り込んできます。当たり前のことです、生活時間の一部は仕事をしているのですから。

働きに出る者には、人生(生活)に仕事は必ず発生します。そうであるならば、仕事とプライベートを無理やりわけて、「楽しいプライベート」のために「苦痛な仕事」をするという考え方は人生を無駄にしているに他ならないのではないでしょうか。

人は幸せになるために生きている

「あなたはなぜ生きているのか」との問いに対し明確に答えられるでしょうか。
一瞬「エッ」とためらってしまうかもしれません。
朝、太陽が昇り、夜、星が輝く。ただそれだけでも人生を送っていることには違いありません。

しかし、「人は幸せになるために生きている」と思うのです。人は幸せになるために生きているのですから、人生は豊なものでなければなりません。豊にするためには、生活の一つ一つの区切りが充実していなければなりません。

つまり、人生の一部たる仕事も充実していなければならないのです。仕事は「苦痛」であってはいけないのです。そう考えれば「何でもいい」仕事などあり得るはずがありません。フルタイムで働く場合1日24時間のうち約8時間は会社での生活になります。実に1/3です。残りの2/3は睡眠であり、余暇です。もともと余暇の時間はリラックスできる時間ですから、たおやかに時間は流れます。

仕事に費やす1/3が充実していれば、ほぼ全ての時間を豊にしていると言っても過言ではないのではないでしょうか。

仕事を楽しむ

仕事を楽しむための2大要素、それは?人間関係と?担当業務のプロフェッショナルになることと考えています。
人間関係が悪く、足の引っ張り合いをしているようでは働く人たちは自分のパフォーマンスを最大化することが出来ません。気持ちが落ち着かないどころか、会社への居心地そのものが悪くなるからです。

しかし、「会社(仕事)は楽しいですか?」との問いに「はい、楽しいです。なぜなら、上司や同僚との人間関係がよいからです。」との答えにはやや物足りなさを感じます。
人間関係の良さは仕事楽しむ土台(基本)です。しかし、本質ではありません。「人間関係がよいから仕事が楽しい」との考えは、新卒3年くらいで卒業しなければならないと私は考えています。

本当に仕事を楽しみたいのであれば、その業務のプロフェッショナルになることです。
入社間もない頃には出来なかった・任されなかった仕事が、3年経ち、5年経つ中で出来るようになる。難易度の高い業務が自分ひとりで、あるいは周囲を巻き込みながら完結できるようになる。そして、会社からは「君だからこそ、この業務を任せるんだ」と言われ、お客様からは「あなただから、仕事を発注しているのですよ」とお褒め頂き、そして何よりも自分でも仕事・会社へ誇りを持ちうる状態になる。
これこそが、仕事を楽しむ本質なのではないでしょうか。

仕事こそ我が人生

人間関係もプロフェッショナルになることも、人から与えられるものではありません。自らが勝ち取るものです。
人と仲良くなるのも、仕事に情熱を傾けるのも、「やるかやないか」は全て本人次第です。全ては自分で選択することなのです。
60%の力で惰性で、「ほどほど・そこそこ」に仕事をするのか100%、120%の力で目標を高く設定しめい一杯仕事をするのか、選択の自由は個人にあります。

力を抜いても仕事。めい一杯やっても仕事。
しかし、仕事の力量差は時間の経過とともに大きくなります。「ほどほど・そこそこ」を選択した人は「めい一杯」を選択した人よりも評価が低く、給与に差が出ることもしっかりと自覚するべきです。
つまり、「結果の責任を負う」べきです。逆に、「めい一杯」を選択した人は会社から評価・期待され、高待遇になれる「結果を負うことができる」訳です。
「やらない・できない・いっぱい、いっぱい」というのが権利主張するのであれば、その責任も負うべきです。
つまり、仕事とは自己責任と自助努力の世界です。
世の中は「権利(主張)」の真裏には「責任」があり、「自由」の真裏には「義務」があるのです。表裏一体です。

私は「仕事こそ我が人生」と思って生きています。そして、当社の社員にもそう思ってもらえるような楽しくて、エキサイティングな会社を創って、社員が誇りをもてるような会社にしたいと思っているのです。